通《つう》がった陋悪《ろうあく》な分子を一点も含んでいなかった。余は固《もと》より政党政治に無頓着《むとんじゃく》な質《たち》であって、今の衆議院の議長は誰だったかねと聞いて友達から笑われたくらいの男だから、露西亜に議会があるかないかさえ知らない。したがってこの談話には何らの興味もなかった。それで、あんまり長いから、談話の途中で失敬して家《うち》へ帰ってしまった。これが余の長谷川君と初対面の時の感想である。
それから、幾日か立って、用が出来て社へ行った。汚《きたな》い階子段《はしごだん》を上がって、編輯局《へんしゅうきょく》の戸を開けて這入《はい》ると、北側の窓際《まどぎわ》に寄せて据《す》えた洋机《テーブル》を囲んで、四五人話しをしているものがある。ほかの人の顔は、戸を開けるや否やすぐ分ったが、たった一人余に背中を向けて椅子に腰をおろして、鼠色《ねずみいろ》の背広を着て、長い胴を椅子の背から食《は》み出《だ》さしていたものは誰だか見当《けんとう》がつかなかった。横へ回って見ると、それが長谷川君であった。その時余は長谷川君に向って、「ちょっと御訪《おたず》ねをしようと思うんだが」と言
前へ
次へ
全12ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング