るという事を悟った。しかもその修養のうちには、自制とか克己《こっき》とかいういわゆる漢学者から受け襲《つ》いで、強《し》いて己《おのれ》を矯《た》めた痕迹《こんせき》がないと云う事を発見した。そうしてその幾分は学問の結果|自《おのずか》らここに至ったものと鑑定した。また幾分は学問と反対の方面、すなわち俗に云う苦労をして、野暮《やぼ》を洗い落として、そうして再び野暮に安住しているところから起ったものと判断した。
 そのうち、君は池辺君と露西亜《ロシア》の政党談をやり出した。大変興味があると見えて、いつまで立ってもやめない。※[#「女+尾」、第3水準1−15−81]々《びび》数千言と云うとむやみに能弁にしゃべるように聞こえてわるいが、時間から云えば、こんな形容詞でも使わなくってはならなくなるくらい論じていた。その知識の詳密精細《しょうみつせいさい》なる事はまた格別なもので、向って左のどの辺に誰がいて、その反対の側《がわ》に誰の席があるなどと、まるで露西亜へ昨日《きのう》行って見て来たように、例のむずかしい何々スキーなどと云う名前がいくつも出た。しかし不思議にもこの談話は、物知りぶった、また
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