とかいう。こちらは何ともいわぬに、向うで極《き》めている。まあ子分のように人を扱うのだなあ。
又正岡はそれより前漢詩を遣《や》っていた。それから一六風か何かの書体を書いていた。其頃僕も詩や漢文を遣っていたので、大に彼の一粲《いっさん》を博した。僕が彼に知られたのはこれが初めであった。或時僕が房州に行った時の紀行文を漢文で書いて其中に下らない詩などを入れて置いた、それを見せた事がある。処が大将頼みもしないのに跋《ばつ》を書いてよこした。何でも其中に、英書を読む者は漢籍が出来ず、漢籍の出来るものは英書は読めん、我兄の如きは千万人中の一人なりとか何とか書いて居った。処が其大将の漢文たるや甚《はなは》だまずいもので、新聞の論説の仮名を抜いた様なものであった。けれども詩になると彼は僕よりも沢山《たくさん》作って居り平仄《ひょうそく》も沢山《たくさん》知って居る。僕のは整わんが、彼のは整って居る。漢文は僕の方に自信があったが、詩は彼の方が旨《うま》かった。尤《もっと》も今から見たらまずい詩ではあろうが、先《ま》ず其時分の程度で纏《まとま》ったものを作って居ったらしい。たしか内藤さんと一緒に始終《
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