別棟《べつむね》の家を借りていたので、下宿から飯を取寄せて食っていた。あの時分は『月の都』という小説を書いていて、大に得意で見せる。其時分は冬だった。大将|雪隠《せっちん》へ這入《はい》るのに火鉢《ひばち》を持って這入る。雪隠へ火鉢を持って行ったとて当る事が出来ないじゃないかというと、いや当り前にするときん[#「きん」に傍点]隠しが邪魔になっていかぬから、後ろ向きになって前に火鉢を置いて当るのじゃという。それで其火鉢で牛肉をじゃあじゃあ煮て食うのだからたまらない。それから其『月の都』を露伴に見せたら、眉山《びざん》、漣《さざなみ》の比で無いと露伴もいったとか言って、自分も非常にえらいもののようにいうものだから、其時分何も分らなかった僕も、えらいもののように思っていた。あの時分から正岡には何時《いつ》もごまかされていた。発句も近来|漸《ようや》く悟ったとかいって、もう恐ろしい者は無いように言っていた。相変らず僕は何も分らないのだから、小説同様えらいのだろうと思っていた。それから頻《しき》りに僕に発句を作れと強《し》いる。其家の向うに笹藪《ささやぶ》がある。あれを句にするのだ、ええかとか何
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