きまたある家へ養子にやられた。それはたしか私の四つの歳であったように思う。私は物心のつく八九歳までそこで成長したが、やがて養家に妙なごたごたが起ったため、再び実家へ戻るような仕儀となった。
 浅草から牛込へ遷《うつ》された私は、生れた家《うち》へ帰ったとは気がつかずに、自分の両親をもと通り祖父母とのみ思っていた。そうして相変らず彼らを御爺《おじい》さん、御婆《おばあ》さんと呼んで毫《ごう》も怪しまなかった。向《むこう》でも急に今までの習慣を改めるのが変だと考えたものか、私にそう呼ばれながら澄ました顔をしていた。
 私は普通の末《すえ》ッ子《こ》のようにけっして両親から可愛《かわい》がられなかった。これは私の性質が素直《すなお》でなかったためだの、久しく両親に遠ざかっていたためだの、いろいろの原因から来ていた。とくに父からはむしろ苛酷《かこく》に取扱かわれたという記憶がまだ私の頭に残っている。それだのに浅草から牛込へ移された当時の私は、なぜか非常に嬉《うれ》しかった。そうしてその嬉しさが誰の目にもつくくらいに著るしく外へ現われた。
 馬鹿な私は、本当の両親を爺婆《じじばば》とのみ思い込ん
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