私にはまるで解らない。

        二十九

 私は両親の晩年になってできたいわゆる末《すえ》ッ子《こ》である。私を生んだ時、母はこんな年歯《とし》をして懐妊するのは面目ないと云ったとかいう話が、今でも折々は繰《く》り返《かえ》されている。
 単にそのためばかりでもあるまいが、私の両親は私が生れ落ちると間もなく、私を里にやってしまった。その里というのは、無論私の記憶に残っているはずがないけれども、成人の後《のち》聞いて見ると、何でも古道具の売買を渡世《とせい》にしていた貧しい夫婦ものであったらしい。
 私はその道具屋の我楽多《がらくた》といっしょに、小さい笊《ざる》の中に入れられて、毎晩|四谷《よつや》の大通りの夜店に曝《さら》されていたのである。それをある晩私の姉が何かのついでにそこを通りかかった時見つけて、可哀想《かわいそう》とでも思ったのだろう、懐《ふところ》へ入れて宅《うち》へ連れて来たが、私はその夜どうしても寝つかずに、とうとう一晩中泣き続けに泣いたとかいうので、姉は大いに父から叱《しか》られたそうである。
 私はいつ頃《ごろ》その里から取り戻されたか知らない。しかしじ
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