らいの割で病気をする。そうして床《とこ》についてから床を上げるまでに、ほぼ一月《ひとつき》の日数《ひかず》を潰《つぶ》してしまう。
私の病気と云えば、いつもきまった胃の故障なので、いざとなると、絶食療法よりほかに手の着けようがなくなる。医者の命令ばかりか、病気の性質そのものが、私にこの絶食を余儀なくさせるのである。だから病み始めより回復期に向った時の方が、余計|痩《や》せこけてふらふらする。一カ月以上かかるのもおもにこの衰弱が祟《たた》るからのように思われる。
私の立居《たちい》が自由になると、黒枠《くろわく》のついた摺物《すりもの》が、時々私の机の上に載せられる。私は運命を苦笑する人のごとく、絹帽《シルクハット》などを被《かぶ》って、葬式の供に立つ、俥《くるま》を駆《か》って斎場《さいじょう》へ駈《か》けつける。死んだ人のうちには、御爺さんも御婆さんもあるが、時には私よりも年歯《とし》が若くって、平生からその健康を誇っていた人も交《まじ》っている。
私は宅へ帰って机の前に坐って、人間の寿命は実に不思議なものだと考える。多病な私はなぜ生き残っているのだろうかと疑って見る。あの人は
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