者屋の竹格子《たけごうし》の窓から、「今日《こんち》は」などと声をかけられたりする。それをまた待ち受けてでもいるごとくに、連中は「おいちょっとおいで、好いものあるから」とか何とか云って、女を呼び寄せようとする。芸者の方でも昼間は暇だから、三度に一度は御愛嬌《ごあいきょう》に遊びに来る。といった風の調子であった。
私はその頃まだ十七八だったろう、その上大変な羞恥屋《はにかみや》で通っていたので、そんな所に居合わしても、何にも云わずに黙って隅《すみ》の方に引込《ひっこ》んでばかりいた。それでも私は何かの拍子《ひょうし》で、これらの人々といっしょに、その芸者屋へ遊びに行って、トランプをした事がある。負けたものは何か奢《おご》らなければならないので、私は人の買った寿司《すし》や菓子をだいぶ食った。
一週間ほど経《た》ってから、私はまたこののらくらの兄に連れられて同じ宅へ遊びに行ったら、例の庄さんも席に居合わせて話がだいぶはずんだ。その時|咲松《さきまつ》という若い芸者が私の顔を見て、「またトランプをしましょう」と云った。私は小倉《こくら》の袴《はかま》を穿《は》いて四角張っていたが、懐中に
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