無かったもんでさあ。東家《あずまや》ってね。ちょうどそら高田の旦那の真向《まんむこう》でしたろう、東家の御神灯《ごじんとう》のぶら下がっていたのは」

        十七

 私はその東家をよく覚えていた。従兄《いとこ》の宅《うち》のつい向《むこう》なので、両方のものが出入《ではい》りのたびに、顔を合わせさえすれば挨拶《あいさつ》をし合うぐらいの間柄《あいだがら》であったから。
 その頃従兄の家には、私の二番目の兄がごろごろしていた。この兄は大の放蕩《ほうとう》もので、よく宅の懸物《かけもの》や刀剣類を盗み出しては、それを二束三文に売り飛ばすという悪い癖《くせ》があった。彼が何で従兄の家に転《ころ》がり込んでいたのか、その時の私には解らなかったけれども、今考えると、あるいはそうした乱暴を働らいた結果、しばらく家《うち》を追い出されていたかも知れないと思う。その兄のほかに、まだ庄さんという、これも私の母方の従兄に当る男が、そこいらにぶらぶらしていた。
 こういう連中がいつでも一つ所に落ち合っては、寝そべったり、縁側《えんがわ》へ腰をかけたりして、勝手な出放題を並べていると、時々向うの芸
前へ 次へ
全126ページ中50ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング