が、闇《やみ》の中から、四角に切った潜戸の中へすうと出た。姉は驚いて身を後《あと》へ退《ひ》いた。その隙《ひま》に、覆面をした、龕灯提灯《がんどうぢょうちん》を提《さ》げた男が、抜刀のまま、小《ち》さい潜戸から大勢|家《うち》の中へ入って来たのだそうである。泥棒の人数《にんず》はたしか八人とか聞いた。
彼らは、他《ひと》を殺《あや》めるために来たのではないから、おとなしくしていてくれさえすれば、家のものに危害は加えない、その代り軍用金を借《か》せと云って、父に迫った。父はないと断った。しかし泥棒はなかなか承知しなかった。今|角《かど》の小倉屋《こくらや》という酒屋へ入って、そこで教えられて来たのだから、隠しても駄目だと云って動かなかった。父は不精無性《ふしょうぶしょう》に、とうとう何枚かの小判を彼らの前に並べた。彼らは金額があまり少な過ぎると思ったものか、それでもなかなか帰ろうとしないので、今まで床の中に寝ていた母が、「あなたの紙入に入っているのもやっておしまいなさい」と忠告した。その紙入の中には五十両ばかりあったとかいう話である。泥棒が出て行ったあとで、「余計な事をいう女だ」と云っ
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