て、封のまま先方へ逆送して貰った。彼はそれで六銭取られたせいか、ようやく催促を断念したらしい態度になった。
 ところが二カ月ばかり経って、年が改まると共に、彼は私に普通の年始状を寄こした。それが私をちょっと感心させたので、私はつい短冊へ句を書いて送る気になった。しかしその贈物は彼を満足させるに足りなかった。彼は短冊が折れたとか、汚《よご》れたとか云って、しきりに書き直しを請求してやまない。現に今年の正月にも、「失敬申し候えども……」という依頼状が七八日《ななようか》頃に届いた。
 私がこんな人に出会ったのは生れて始めてである。

        十四

 ついこの間|昔《むか》し私の家《うち》へ泥棒の入った時の話を比較的|詳《くわ》しく聞いた。
 姉がまだ二人とも嫁《かた》づかずにいた時分の事だというから、年代にすると、多分私の生れる前後に当るのだろう、何しろ勤王とか佐幕とかいう荒々しい言葉の流行《はや》ったやかましい頃なのである。
 ある夜一番目の姉が、夜中《よなか》に小用《こよう》に起きた後《あと》、手を洗うために、潜戸《くぐりど》を開けると、狭い中庭の隅《すみ》に、壁を圧《お》し
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