きまっていた。私はその人の端書を見るのがだんだん不愉快になって来た。
同時に向うの催促も、今まで私の予期していなかった変な特色を帯びるようになった。最初には茶をやったではないかという言葉が見えた。私がそれに取り合わずにいると、今度はあの茶を返してくれという文句に改たまった。私は返す事はたやすいが、その手数《てかず》が面倒だから、東京まで取りに来れば返してやると云ってやりたくなった。けれども坂越の男にそういう手紙を出すのは、自分の品格に関《かか》わるような気がしてあえてし切れなかった。返事を受け取らない先方はなおの事催促をした。茶を返さないならそれでも好いから、金一円をその代価として送って寄こせというのである。私の感情はこの男に対してしだいに荒《すさ》んで来た。しまいにはとうとう自分を忘れるようになった。茶は飲んでしまった、短冊は失《な》くしてしまった、以来端書を寄こす事はいっさい無用であると書いてやった。そうして心のうちで、非常に苦々《にがにが》しい気分を経験した。こんな非紳士的な挨拶《あいさつ》をしなければならないような穴の中へ、私を追い込んだのは、この坂越の男であると思ったからで
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