したいていは自分一人で口を利《き》いていたので、私はむしろ木像のようにじっとしているだけであった。
 やがて女の頬は熱《ほて》って赤くなった。白粉《おしろい》をつけていないせいか、その熱った頬の色が著るしく私の眼に着いた。俯向《うつむき》になっているので、たくさんある黒い髪の毛も自然私の注意を惹《ひ》く種になった。

        七

 女の告白は聴いている私を息苦しくしたくらいに悲痛を極《きわ》めたものであった。彼女は私に向ってこんな質問をかけた。――
「もし先生が小説を御書きになる場合には、その女の始末をどうなさいますか」
 私は返答に窮した。
「女の死ぬ方がいいと御思いになりますか、それとも生きているように御書きになりますか」
 私はどちらにでも書けると答えて、暗《あん》に女の気色《けしき》をうかがった。女はもっと判然した挨拶《あいさつ》を私から要求するように見えた。私は仕方なしにこう答えた。――
「生きるという事を人間の中心点として考えれば、そのままにしていて差支《さしつかえ》ないでしょう。しかし美くしいものや気高《けだか》いものを一義において人間を評価すれば、問題が違って
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