干《らんかん》に身を靠《も》たせたり、頬杖《ほおづえ》を突いて考えたり、またしばらくはじっと動かずにただ魂を自由に遊ばせておいてみたりした。
軽い風が時々|鉢植《はちうえ》の九花蘭《きゅうからん》の長い葉を動かしにきた。庭木の中で鶯《うぐいす》が折々下手な囀《さえず》りを聴かせた。毎日|硝子戸《ガラスど》の中に坐《すわ》っていた私は、まだ冬だ冬だと思っているうちに、春はいつしか私の心を蕩揺《とうよう》し始めたのである。
私の冥想《めいそう》はいつまで坐っていても結晶しなかった。筆をとって書こうとすれば、書く種は無尽蔵にあるような心持もするし、あれにしようか、これにしようかと迷い出すと、もう何を書いてもつまらないのだという呑気《のんき》な考も起ってきた。しばらくそこで佇《たた》ずんでいるうちに、今度は今まで書いた事が全く無意味のように思われ出した。なぜあんなものを書いたのだろうという矛盾が私を嘲弄《ちょうろう》し始めた。ありがたい事に私の神経は静まっていた。この嘲弄の上に乗ってふわふわと高い冥想《めいそう》の領分に上《のぼ》って行くのが自分には大変な愉快になった。自分の馬鹿な性質を、
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