幅の狭い黒繻子《くろじゅす》の帯だったのである。
三十九
今日は日曜なので、小供が学校へ行かないから、下女も気を許したものと見えて、いつもより遅く起きたようである。それでも私の床を離れたのは七時十五分過であった。顔を洗ってから、例の通り焼麺麭《トースト》と牛乳と半熟の鶏卵《たまご》を食べて、厠《かわや》に上《のぼ》ろうとすると、あいにく肥取《こいとり》が来ているので、私はしばらく出た事のない裏庭の方へ歩を移した。すると植木屋が物置の中で何か片づけものをしていた。不要の炭俵を重ねた下から威勢の好い火が燃えあがる周囲に、女の子が三人ばかり心持よさそうに煖を取っている様子が私の注意を惹《ひ》いた。
「そんなに焚火《たきび》に当ると顔が真黒になるよ」と云ったら、末の子が、「いやあーだ」と答えた。私は石垣の上から遠くに見える屋根瓦《やねがわら》の融《と》けつくした霜《しも》に濡《ぬ》れて、朝日にきらつく色を眺めたあと、また家《うち》の中へ引き返した。
親類の子が来て掃除《そうじ》をしている書斎の整頓するのを待って、私は机を縁側《えんがわ》に持ち出した。そこで日当りの好い欄
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