がそれを打ち掛けた姿は、今想像してもまるで眼に浮かばない。私の知っている母は、常に大きな老眼鏡をかけた御婆さんであったから。
それのみか私はこの美くしい裲襠がその後《ご》小掻巻《こがいまき》に仕立直されて、その頃宅にできた病人の上に載せられたのを見たくらいだから。
三十八
私が大学で教《おす》わったある西洋人が日本を去る時、私は何か餞別《せんべつ》を贈ろうと思って、宅の蔵から高蒔絵《たかまきえ》の緋《ひ》の房《ふさ》の付いた美しい文箱《ふばこ》を取り出して来た事も、もう古い昔である。それを父の前へ持って行って貰い受けた時の私は、全く何の気もつかなかったが、今こうして筆を執《と》って見ると、その文箱も小掻巻に仕立直された紅絹裏の裲襠同様に、若い時分の母の面影《おもかげ》を濃《こまや》かに宿しているように思われてならない。母は生涯《しょうがい》父から着物を拵《こしら》えて貰った事がないという話だが、はたして拵えて貰わないでもすむくらいな支度《したく》をして来たものだろうか。私の心に映るあの紺無地《こんむじ》の絽《ろ》の帷子《かたびら》も、幅の狭い黒繻子《くろじゅす》
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