戸前《いくとまえ》とかあったのだと、かつて人から教えられたようにも思うが、何しろその大番町という所を、この年になるまで今だに通った事のない私のことだから、そんな細かな点はまるで忘れてしまった。たといそれが事実であったにせよ、私の今もっている母の記念のなかに蔵屋敷などはけっして現われて来ないのである。おおかたその頃にはもう潰《つぶ》れてしまったのだろう。
 母が父の所へ嫁にくるまで御殿奉公をしていたという話も朧気《おぼろげ》に覚えているが、どこの大名の屋敷へ上って、どのくらい長く勤めていたものか、御殿奉公の性質さえよく弁《わきま》えない今の私には、ただ淡《あわ》い薫《かおり》を残して消えた香《こう》のようなもので、ほとんどとりとめようのない事実である。
 しかしそう云えば、私は錦絵《にしきえ》に描《か》いた御殿女中の羽織っているような華美《はで》な総模様の着物を宅の蔵の中で見た事がある。紅絹裏《もみうら》を付けたその着物の表には、桜だか梅だかが一面に染め出されて、ところどころに金糸や銀糸の刺繍《ぬい》も交《まじ》っていた。これは恐らく当時の裲襠《かいどり》とかいうものなのだろう。しかし母
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