ている。だから私にはそれがただ私の母だけの名前で、けっしてほかの女の名前であってはならないような気がする。幸いに私はまだ母以外の千枝という女に出会った事がない。
 母は私の十三四の時に死んだのだけれども、私の今遠くから呼び起す彼女の幻像は、記憶の糸をいくら辿《たど》って行っても、御婆さんに見える。晩年に生れた私には、母の水々しい姿を覚えている特権がついに与えられずにしまったのである。
 私の知っている母は、常に大きな眼鏡《めがね》をかけて裁縫《しごと》をしていた。その眼鏡は鉄縁の古風なもので、球《たま》の大きさが直径《さしわたし》二寸以上もあったように思われる。母はそれをかけたまま、すこし顋《あご》を襟元《えりもと》へ引きつけながら、私をじっと見る事がしばしばあったが、老眼の性質を知らないその頃の私には、それがただ彼女の癖とのみ考えられた。私はこの眼鏡と共に、いつでも母の背景になっていた一間《いっけん》の襖《ふすま》を想《おも》い出《だ》す。古びた張交《はりまぜ》の中《うち》に、生死事大《しょうじじだい》無常迅速《むじょうじんそく》云々と書いた石摺《いしずり》なども鮮《あざ》やかに眼に
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