で、古めかしい講釈というものをいろいろの人から聴いたのである。その中には、すととこ[#「すととこ」に傍点]、のんのん[#「のんのん」に傍点]、ずいずい[#「ずいずい」に傍点]、などという妙な言葉を使う男もいた。これは田辺南竜《たなべなんりゅう》と云って、もとはどこかの下足番であったとかいう話である。そのすととこ[#「すととこ」に傍点]、のんのん[#「のんのん」に傍点]、ずいずい[#「ずいずい」に傍点]ははなはだ有名なものであったが、その意味を理解するものは一人もなかった。彼はただそれを軍勢の押し寄せる形容詞として用いていたらしいのである。
 この南竜はとっくの昔に死んでしまった。そのほかのものもたいていは死んでしまった。その後《ご》の様子をまるで知らない私には、その時分私を喜こばせてくれた人のうちで生きているものがはたして何人あるのだか全く分らなかった。
 ところがいつか美音会の忘年会のあった時、その番組を見たら、吉原の幇間《たいこもち》の茶番だの何だのが列《なら》べて書いてあるうちに、私はたった一人の当時の旧友を見出した。私は新富座へ行って、その人を見た。またその声を聞いた。そうして
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