に出て来るすべての人を、玲瓏透徹《れいろうとうてつ》な正直ものに変化して、私とその人との魂がぴたりと合うような幸福を授けたまわん事を祈る。今の私は馬鹿で人に騙《だま》されるか、あるいは疑い深くて人を容《い》れる事ができないか、この両方だけしかないような気がする。不安で、不透明で、不愉快に充《み》ちている。もしそれが生涯《しょうがい》つづくとするならば、人間とはどんなに不幸なものだろう。
三十四
私が大学にいる頃教えたある文学士が来て、「先生はこの間高等工業で講演をなすったそうですね」というから、「ああやった」と答えると、その男が「何でも解らなかったようですよ」と教えてくれた。
それまで自分の云った事について、その方面の掛念《けねん》をまるでもっていなかった私は、彼の言葉を聞くとひとしく、意外の感に打たれた。
「君はどうしてそんな事を知ってるの」
この疑問に対する彼の説明は簡単であった。親戚だか知人だか知らないが、何しろ彼に関係のある或|家《うち》の青年が、その学校に通っていて、当日私の講演を聴いた結果を、何だか解らないという言葉で彼に告げたのである。
「いった
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