に受けて、すべて正面から彼らの言語動作を解釈すべきものだろうか。もし私が持って生れたこの単純な性情に自己を託して顧《かえり》みないとすると、時々飛んでもない人から騙《だま》される事があるだろう。その結果|蔭《かげ》で馬鹿にされたり、冷評《ひや》かされたりする。極端な場合には、自分の面前でさえ忍ぶべからざる侮辱を受けないとも限らない。
それでは他はみな擦《す》れ枯《か》らしの嘘吐《うそつき》ばかりと思って、始めから相手の言葉に耳も借《か》さず、心も傾《かたむ》けず、或時はその裏面に潜《ひそ》んでいるらしい反対の意味だけを胸に収めて、それで賢《かしこ》い人だと自分を批評し、またそこに安住の地を見出し得るだろうか。そうすると私は人を誤解しないとも限らない。その上恐るべき過失を犯す覚悟を、初手《しょて》から仮定して、かからなければならない。或時は必然の結果として、罪のない他を侮辱するくらいの厚顔を準備しておかなければ、事が困難になる。
もし私の態度をこの両面のどっちかに片づけようとすると、私の心にまた一種の苦悶《くもん》が起る。私は悪い人を信じたくない。それからまた善《よ》い人を少しでも傷
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