積んであった。木槿《むくげ》かと思われる真白な花もここかしこに見られた。
やがて車夫が梶棒《かじぼう》を下《おろ》した。暗い幌の中を出ると、高い石段の上に萱葺《かやぶき》の山門が見えた。Oは石段を上《のぼ》る前に、門前の稲田《いなだ》の縁《ふち》に立って小便をした。自分も用心のため、すぐ彼の傍へ行って顰《ひん》に倣《なら》った。それから三人前後して濡れた石を踏《ふ》みながら典座寮《てんぞりょう》と書いた懸札《かけふだ》の眼につく庫裡《くり》から案内を乞《こ》うて座敷へ上った。
老師に会うのは約二十年ぶりである。東京からわざわざ会いに来た自分には、老師の顔を見るや否や、席に着かぬ前から、すぐそれと解ったが先方では自分を全く忘れていた。私はと云って挨拶《あいさつ》をした時老師はいやまるで御見逸《おみそ》れ申しましたと、改めて久濶《きゅうかつ》を叙したあとで、久しい事になりますな、もうかれこれ二十年になりますからなどと云った。けれどもその二十年後の今、自分の眼の前に現れた小作《こづく》りな老師は、二十年前と大して変ってはいなかった。ただ心持色が白くなったのと、年のせいか顔にどこか愛嬌《あ
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