初秋の一日
夏目漱石

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)覗《のぞ》いて

|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)比較的|老《ふ》けて見えたのだろう。

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 汽車の窓から怪しい空を覗《のぞ》いていると降り出して来た。それが細《こま》かい糠雨《ぬかあめ》なので、雨としてよりはむしろ草木を濡《ぬ》らす淋《さび》しい色として自分の眼に映った。三人はこの頃の天気を恐れてみんな護謨合羽《ゴムがっぱ》を用意していた。けれどもそれがいざ役に立つとなるとけっして嬉《うれ》しい顔はしなかった。彼らはその日の佗《わ》びしさから推《お》して、二日後《ふつかご》に来る暗い夜《よる》の景色を想像したのである。
「十三日に降ったら大変だなあ」とOが独言《ひとりごと》のように云った。
「天気の時より病人が増えるだろう」と自分も気のなさそうに返事をした。
 Yは停車場《ステーション》前で買った新聞に読み耽《ふけ》ったまま一口も物を云わなかった。雨はいつの間《ま》にか強くなって、窓硝子《まどガラス》に、砕けた露《つゆ》の球《たま》のようなものが見え始めた。自分は閑
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