いきょう》がついたのが自分の予期と少し異《こと》なるだけで、他は昔のままのS禅師であった。
「私ももう直《じき》五十二になります」
自分は老師のこの言葉を聞いた時、なるほど若く見えるはずだと合点《がてん》が行った。実をいうと今まで腹の中では老師の年歯《とし》を六十ぐらいに勘定《かんじょう》していた。しかし今ようやく五十一二とすると、昔自分が相見《しょうけん》の礼を執《と》った頃はまだ三十を超《こ》えたばかりの壮年だったのである。それでも老師は知識であった。知識であったから、自分の眼には比較的|老《ふ》けて見えたのだろう。
いっしょに連れて行った二人を老師に引き合せて、巡錫《じゅんしゃく》の打ち合せなどを済ました後《あと》、しばらく雑談をしているうちに、老師から縁切寺《えんきりでら》の由来《ゆらい》やら、時頼夫人の開基《かいき》の事やら、どうしてそんな尼寺へ住むようになった訳やら、いろいろ聞いた。帰る時には玄関まで送ってきて、「今日は二百二十日だそうで……」と云われた。三人はその二百二十日の雨の中を、また切通《きりどお》し越《ごえ》に町の方へ下《くだ》った。
翌朝《あくるあさ》は高
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