方が生命があると言った。元来自分の考は此男の説よりも、ずっと実際的である。食べるということを基点として出立した考である。所が米山の説を聞いて見ると、何だか空々漠々《くうくうばくばく》とはしているが、大きい事は大きいに違ない。衣食問題などは丸《まる》で眼中に置いていない。自分はこれに敬服した。そう言われて見ると成程《なるほど》又そうでもあると、其晩即席に自説を撤回して、又文学者になる事に一決した。随分|呑気《のんき》なものである。
然し漢文科や国文科の方はやりたくない。そこで愈《いよいよ》英文科を志望学科と定めた。
然し其時分の志望は実に茫漠《ぼうばく》極《きわ》まったもので、ただ英語英文に通達して、外国語でえらい文学上の述作をやって、西洋人を驚かせようという希望を抱《いだ》いていた。所が愈大学へ這入《はい》って三年を過して居るうちに、段々其希望があやしくなって来て、卒業したときには、是《これ》でも学士かと思う様な馬鹿が出来上った。それでも点数がよかったので、人は存外信用してくれた。自分も世間へ対しては多少得意であった。ただ自分が自分に対すると甚《はなは》だ気の毒であった。そのうち愚
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