もと》より一時の融通を計る便宜《べんぎ》に過ぎない。今の大多数は質に置くべき好意さえ天《てん》で持っているものが少なそうに見えた。いかに工面《くめん》がついても受出そうとは思えなかった。とは悟りながらやはり好意の干乾びた社会に存在する自分をぎごちなく感じた。
今の青年は、筆を執《と》っても、口を開《あ》いても、身を動かしても、ことごとく「自我の主張」を根本義にしている。それほど世の中は切りつめられたのである。それほど世の中は今の青年を虐待しているのである。「自我の主張」を正面から承《うけたまわ》れば、小憎《こにくら》しい申し分が多い。けれども彼等をしてこの「自我の主張」をあえてして憚《はば》かるところなきまでに押しつめたものは今の世間である。ことに今の経済事情である。「自我の主張」の裏には、首を縊《くく》ったり身を投げたりすると同程度に悲惨な煩悶《はんもん》が含まれている。ニーチェは弱い男であった。多病な人であった。また孤独な書生であった。そうしてザラツストラはかくのごとく叫んだのである。
こうは解釈するようなものの、依然として余は常に好意の干乾びた社会に存在する自分をぎごちなく感
前へ
次へ
全144ページ中98ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング