傍《そば》へ来た。余には白い着物を着ている女の心持が少しも分らなかった。けれども白い着物を着ている女は余の心を善《よ》く悟った。そうして影の形に随《したが》うごとくに変化した。響の物に応ずるごとくに働らいた。黒い布《ぬの》の目から洩《も》れる薄暗い光の下《もと》に、真白な着物を着た女が、わが肉体の先《せん》を越して、ひそひそと、しかも規則正しく、わが心のままに動くのは恐ろしいものであった。
余はこの気味の悪い心持を抱いて、眼を開けると共に、ぼんやり眸《ひとみ》に映る室《へや》の天井を眺めた。そうして黒い布で包んだ電気灯の珠《たま》と、その黒い布の織目から洩れてくる光に照らされた白い着物を着た女を見た。見たか見ないうちに白い着物が動いて余に近づいて来た。
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秋風鳴万木[#「秋風鳴万木」に白丸傍点]。 山雨撼高楼[#「山雨撼高楼」に白丸傍点]。
病骨稜如剣[#「病骨稜如剣」に白丸傍点]。 一灯青欲愁[#「一灯青欲愁」に白丸傍点]。
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二十三
余は好意の干乾《ひから》びた社会に存在する自分をはなはだぎごちなく感じた。
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