った。
ドストイェフスキーの享《う》け得《え》た境界《きょうがい》は、生理上彼の病《やまい》のまさに至らんとする予言である。生を半《なかば》に薄めた余の興致は、単に貧血の結果であったらしい。
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仰臥人如唖[#「仰臥人如唖」に白丸傍点]。 黙然見大空[#「黙然見大空」に白丸傍点]。
大空雲不動[#「大空雲不動」に白丸傍点]。 終日杳相同[#「終日杳相同」に白丸傍点]。
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二十一
同じドストイェフスキーもまた死の門口《かどぐち》まで引《ひ》き摺《ず》られながら、辛《かろ》うじて後戻りをする事のできた幸福な人である。けれども彼の命を危《あや》めにかかった災《わざわい》は、余の場合におけるがごとき悪辣《あくらつ》な病気ではなかった。彼は人の手に作り上げられた法と云う器械の敵となって、どんと心臓を打《う》ち貫《ぬ》かれようとしたのである。
彼は彼の倶楽部《クラブ》で時事を談じた。やむなくんばただ一揆《いっき》あるのみと叫んだ。そうして囚《とら》われた。八カ月の長い間|薄暗《うすくら》い獄舎の日光に浴したのち、彼は蒼空《あおぞ
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