に劇《はげ》しい喧嘩《けんか》を挑《いど》んだ末、さんざんに打ち据《す》えられて、手も足も利《き》かなくなった時のごとくに吾を鈍《にぶ》く叩《たた》きこなしていた。砧《きぬた》に擣《う》たれた布は、こうもあろうかとまで考えた。それほど正体なくきめつけられ了《おわ》った状態を適当に形容するには、ぶちのめす[#「ぶちのめす」に傍点]と云う下等社会で用いる言葉が、ただ一つあるばかりである。少しでも身体を動かそうとすると、関節《ふしぶし》がみしみしと鳴った。
昨日《きのう》まで狭い布団《ふとん》に劃《かく》された余の天地は、急にまた狭くなった。その布団のうちの一部分よりほかに出る能力を失った今の余には、昨日《きのう》まで狭く感ぜられた布団がさらに大きく見えた。余の世界と接触する点は、ここに至ってただ肩と背中と細長く伸べた足の裏側に過ぎなくなった。――頭は無論枕に着いていた。
これほどに切りつめられた世界に住む事すら、昨夕《ゆうべ》は許されそうに見えなかったのにと、傍《はた》のものは心の中《うち》で余のために観じてくれたろう。何事も弁《わきま》えぬ余にさえそれが憐《あわ》れであった。ただ身の
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