に一ミリメターの)立方体に一千万を三乗した数が這入《はい》ると断言した。一千万を三乗した数とは一の下に零《れい》を二十一付けた莫大《ばくだい》なものである。想像を恣《ほしいま》まにする権利を有する吾々《われわれ》もこの一の下に二十一の零を付けた数を思い浮べるのは容易でない。
形而下《けいじか》の物質界にあってすら、――相当の学者が綿密な手続を経て発表した数字上の結果すら、吾々はただ数理的の頭脳にのみもっともと首肯《うなず》くだけである。数量のあらましさえ応用の利かぬ心の現象に関しては云うまでもない。よし物理学者の分子に対するごとき明暸《めいりょう》な知識が、吾人《ごじん》の内面生活を照らす機会が来たにしたところで、余の心はついに余の心である。自分に経験のできない限り、どんな綿密な学説でも吾を支配する能力は持ち得まい。
余は一度死んだ。そうして死んだ事実を、平生からの想像通りに経験した。はたして時間と空間を超越した。しかしその超越した事が何の能力をも意味しなかった。余は余の個性を失った。余の意識を失った。ただ失った事だけが明白なばかりである。どうして幽霊となれよう。どうして自分より大
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