しても至極《しごく》と思われるが、肉体と共に活動する心的現象に斯様《かよう》の作用があったにしたところで、わが暗中の意識すなわちこれ死後の意識とは受取れない。
 大いなるものは小さいものを含んで、その小さいものに気がついているが、含まれたる小さいものは自分の存在を知るばかりで、己《おのれ》らの寄り集って拵《こし》らえている全部に対しては風馬牛《ふうばぎゅう》のごとく無頓着《むとんじゃく》であるとは、ゼームスが意識の内容を解き放したり、また結び合せたりして得た結論である。それと同じく、個人全体の意識もまたより大いなる意識の中《うち》に含まれながら、しかもその存在を自覚せずに、孤立するごとくに考えているのだろうとは、彼がこの類推《るいすい》より下《くだ》し来《きた》るスピリチズムに都合よき仮定である。
 仮定は人々の随意であり、また時にとって研究上必要の活力でもある。しかしただ仮定だけでは、いかに臆病の結果幽霊を見ようとする、また迷信の極《きょく》不可思議を夢みんとする余も、信力をもって彼らの説を奉ずる事ができない。
 物理学者は分子の容積を計算して蚕《かいこ》の卵にも及ばぬ(長さ高さとも
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