ら崖崩れを恐れて、できるだけ表へ寄って寝るとか聞いていたが、家の潰《つぶ》れた時には、外《ほか》のものがまるで無難であったにもかかわらず、自分だけは少し顔へ怪我《けが》をしたそうである。その怪我の事も手紙の中《うち》に書いてあった。余はそれを読んで怪我だけでまず仕合せだと思った。
 家を流し崖を崩す凄《すさ》まじい雨と水の中に都のものは幾万となく恐るべき叫び声を揚《あ》げた。同じ雨と同じ水の中に余と関係の深い二人は身をもって免《まぬか》れた。そうして余は毫《ごう》も二人の災難を知らずに、遠い温泉《でゆ》の村に雲と煙《けぶり》と、雨の糸を眺め暮していた。そうして二人の安全であるという報知《しらせ》が着いたときは、余の病《やまい》がしだいしだいに危険の方へ進んで行った時であった。
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風に聞け何《いず》れか先に散る木《こ》の葉《は》
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        十二

 つづく雨の或《あ》る宵《よい》に、すこし病《やまい》の閑《ひま》を偸《ぬす》んで、下の風呂場へ降りて見ると、半切《はんきれ》を三尺ばかりの長《ながさ》に切って、それを細長く竪《たて》に貼
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