つ余の心を躍《おど》らしたのは、草平君に関する報知《しらせ》であった。妻《さい》が本郷の親類で用を足した帰りとかに、水見舞のつもりで柳町《やなぎちょう》の低い町から草平君の住んでいる通りまで来て、ここらだがと思いながら、表から奥を覗《のぞ》いて見ると、かねて見覚《みおぼえ》のある家がくしゃりと潰《つぶ》れていたそうである。
「家《うち》の人達は無事ですか、どこへ行きましたかと聞いたら、薪屋《まきや》の御上《おかみ》さんが、昨晩の十二時頃に崖《がけ》が崩《くず》れましたが、幸いにどなたも御怪我《おけが》はございません。ひとまず柳町のこういう所へ御引移りになりましたと、教えてくれましたから、柳町へ来て見ると、まだ水の引き切らない床下《ゆかした》のぴたぴたに濡《ぬ》れた貸家に畳建具《たたみたてぐ》も何も入れずに、荷物だけ運んでありました。実に何と云って好いか憐《あわ》れな姿でお種《たね》さんが、私《わたし》の顔を見ると馳《か》け出して来ました。……晩の御飯を拵《こしら》える事もできないだろうと思って、御寿司《おすし》を誂《あつら》えて御夕飯の代りに上げました……」
草平君は平生《ふだん》か
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