不拒庸人骨[#「青山不拒庸人骨」に白丸傍点]。 回首九原月在天[#「回首九原月在天」に白丸傍点]。
[#ここで字下げ終わり]
九
忘るべからざる二十四日の出来事を書こうと思って、原稿紙に向いかけると、何だか急に気が進まなくなったのでまた記憶を逆《さかさ》まに向け直して、後戻《あともど》りをした。
東京を立つときから余は劇《はげ》しく咽喉を痛めていた。いっしょに来るべきはずでつい乗り後《おく》れた東洋城《とうようじょう》の電報を汽車中で受け取って、その意のごとくに御殿場《ごてんば》で一時間ほど待ち合せていた間《ま》に、余は不用になった一枚の切符代を割り戻して貰うために、駅長室へ這入《はい》って行った。するとそこに腰囲何尺《よういなんじゃく》とでも形容すべきほど大きな西洋人が、椅子《いす》に腰をかけてしきりに絵端書《えはがき》の表に何か認《したた》めていた。余は駅長に向って当用を弁ずる傍《かたわら》、思いがけない所に思いがけない人がいるものだという好奇心を禁じ得なかった。するとその大男が突然立ち上がって、あなたは英語を話すかと聞くから、嗄《か》れた声でわずかにイエス
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