て、そこに仰向《あおむ》けに倒れていたかった。
森成さんが来てもこの苦しみはちょっと除《と》れなかった。胸の中を棒で攪《か》き混《ま》ぜられるような、また胃の腑《ふ》が不規則な大波をその全面に向って層々と描き出すような、異《い》な心持に堪《た》えかねて、床《とこ》の上に起き返りながら、吐いて見ましょうかと云って、腥《なまぐさ》いものを面《ま》のあたり咽喉《のど》の奥から金盥《かなだらい》の中に傾けた事もあった。森成さんの御蔭《おかげ》でこの苦しみがだいぶ退《ひ》いた時ですら、動くたびに腥い噫《おくび》は常に鼻を貫《つら》ぬいた。血は絶えず腸に向って流れていたのである。
この煩悶《はんもん》に比《くら》べると、忘るべからざる二十四日の出来事以後に生きた余は、いかに安住の地を得て静穏に生を営んだか分らない。その静穏の日がすなわち余の一生涯《いっしょうがい》にあって最も恐るべき危険の日であったのだと云う事を後から知った時、余は下《しも》のような詩を作った。
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円覚曾参棒喝禅[#「円覚曾参棒喝禅」に白丸傍点]。 瞎児何処触機縁[#「瞎児何処触機縁」に白丸傍点]。
青山
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