ガス》のかからぬごとくに、吾らの世界もまた冷却し尽くすならば、吾らはことごとく死んでしまわねばならない。今の余のように生き延びた自分を祝い、遠く逝《ゆ》く他人を悲しみ、友を懐《なつか》しみ敵を悪《にく》んで、内輪だけの活計《かっけい》に甘んじて得意にその日を渡る訳には行くまい。
進んで無機有機を通じ、動植両界を貫《つらぬ》き、それらを万里一条の鉄のごとくに隙間《すきま》なく発展して来た進化の歴史と見傚《みな》すとき、そうして吾ら人類がこの大歴史中の単なる一|頁《ページ》を埋《うず》むべき材料に過ぎぬ事を自覚するとき、百尺竿頭《ひゃくせきかんとう》に上《のぼ》りつめたと自任する人間の自惚《うぬぼれ》はまた急に脱落しなければならない。支那人が世界の地図を開いて、自分のいる所だけが中華でないと云う事を発見した時よりも、無気味な黒船が来て日本だけが神国でないという事を覚った時よりも、さらに溯《さかのぼ》っては天動説が打ち壊されて、地球が宇宙の中心でなかった事を無理に合点《がてん》せしめられた時よりも、進化論を知り、星雲説を想像する現代の吾らは辛《から》きジスイリュージョンを甞《な》めている。
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