と考えついたので、それを宅《うち》から取り寄せてとうとう力学的《ダイナミック》に社会学《ソシオロジー》を病院で研究する事にした。
 ところが読み出して見ると、恐ろしく玄関の広い前置の長い本であった。そうして肝心《かんじん》の社会学そのものになるとすこぶる不完全で、かつせっかくの頼みと思っているいわゆる力学的がはなはだ心細くなるほどに手荒に取扱われていた。今更ウォードの著述に批評を下《くだ》すのは余の目的でない、ただついでに云うだけではあるが、今に本当の力学的が出るだろう、今に高潮の力学的が出るだろうと、どこまでも著者を信用して、とうとう千五百頁の最後の一頁の最後の文字まで読み抜けて、そうして期待したほどのものがどこからも出て来なかった時には、ちょうどハレー彗星《すいせい》の尾で地球が包まれべき当日を、何の変化もなく無事に経過したほどあっけない心持がした。
 けれども道中は、道草を食うべく余儀なくされるだけそれだけ多趣多様で面白かった。その中《うち》で宇宙創造論《コスモジェニー》と云う厳《いか》めしい標題を掲げた所へ来た時、余は覚えず昔《むか》し学校で先生から教わった星雲説《せいうんせつ
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