魯国の当局者ではないが、余もこの力学的という言葉には少からぬ注意を払った一人である。平生から一般の学者がこの一字に着眼しないで、あたかも動きの取れぬ死物のように、研究の材料を取り扱いながらかえって平気でいるのを、常に飽《あ》き足らず眺めていたのみならず、自分と親密の関係を有する文芸上の議論が、ことにこの弊《へい》に陥《おちい》りやすく、また陥りつつあるように見えるのを遺憾《いかん》と批判していたから、参考のため、一度は魯国当局者を恐れしめたというこの力学的社会学なるものを一読したいと思っていた。実は自分の恥《はじ》を白状するようではなはだきまりが悪いが、これはけっして新しい本ではない。製本の体裁《ていさい》からしてがすでにスペンサーの綜合哲学《そうごうてつがく》に類した古風なものである。けれどもまた恐ろしく分厚《ぶあつ》に書き上げた著作で、上下二巻を通じて千五百頁ほどある大冊子だから、四五日はおろか一週間かかっても楽に読みこなす事はでき悪《にく》い。それでやむをえず時機の来るまでと思って、本箱の中へしまっておいたのを、小説類に興味を失《しっ》したこの頃の読物としては適当だろうとふ
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