であった。他の一通を開けて見ると、やはり無事御帰京を祝すと云う文句で、前のと一字の相違もなかった。余は平凡ながらこの暗合《あんごう》を面白く眺めつつ、誰が打ってくれたのだろうと考えて差出人の名前を見た。ところがステトとあるばかりでいっこうに要領を得なかった。ただかけた局が名古屋とあるのでようやく判断がついた。ステトと云うのは、鈴木禎次《すずきていじ》と鈴木時子《すずきときこ》の頭文字《かしらもじ》を組み合わしたもので、妻《さい》の妹《いもと》とその夫《おっと》の事であった。余は二ツの電報を折り重ねて、明朝《あす》また来《きた》るべき妻の顔を見たら、まずこの話をしようかと思い定めた。
病室は畳も青かった。襖《ふすま》も張《は》り易《か》えてあった。壁も新《あらた》に塗ったばかりであった。万《よろず》居心よく整っていた。杉本副院長が再度修善寺へ診察に来た時、畳替《たたみがえ》をして待っていますと妻に云い置かれた言葉をすぐに思い出したほど奇麗《きれい》である。その約束の日から指を折って勘定《かんじょう》して見ると、すでに十六七日目になる。青い畳もだいぶ久しく人を待ったらしい。
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