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思いけりすでに幾夜《いくよ》の蟋蟀《きりぎりす》
[#ここで字下げ終わり]
 その夜から余は当分またこの病院を第二の家とする事にした。

        二

 病院に帰り着いた十一日の晩、回診の後藤さんにこの頃院長の御病気はどうですかと聞いたら、ええひとしきりはだいぶ好い方でしたが、近来また少し寒くなったものですから……と云う答だったので、余はどうぞ御逢《おあ》いの節は宜《よろ》しくと挨拶《あいさつ》した。その晩はそれぎり何の気もつかずに寝てしまった。すると明日《あくるひ》の朝|妻《さい》が来て枕元に坐《すわ》るや否や、実はあなたに隠しておりましたが長与《ながよ》さんは先月《せんげつ》五日《いつか》に亡《な》くなられました。葬式には東《ひがし》さんに代理を頼みました。悪くなったのは八月末ちょうどあなたの危篤《きとく》だった時分ですと云う。余はこの時始めて附添《つきそい》のものが、院長の訃《ふ》をことさらに秘して、余に告げなかった事と、またその告げなかった意味とを悟った。そうして生き残る自分やら、死んだ院長やらをとかくに比較して、しばらくは茫然《ぼうぜん》としたまま黙ってい
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