羽化《うか》したような俗な仙人もあった。それでも読んで行くうちには多少気に入ったのもできてきた。一番|無雑作《むぞうさ》でかつおかしいと思ったのは、何ぞと云うと、手の垢《あか》や鼻糞《はなくそ》を丸めて丸薬《がんやく》を作って、それを人にやる道楽のある仙人であったが、今ではその名を忘れてしまった。
しかし挿画《さしえ》よりも本文よりも余の注意を惹《ひ》いたのは巻末にある附録であった。これは手軽にいうと長寿法《ちょうじゅほう》とか養生訓《ようじょうくん》とか称するものを諸方から取り集めて来て、いっしょに並べたもののように思われた。もっとも仙に化するための注意であるから、普通の深呼吸だの冷水浴だのとは違って、すこぶる抽象的で、実際解るとも解らぬとも片のつかぬ文字であるが、病中の余にはそれが面白かったと見えて、その二三節をわざわざ日記の中に書き抜いている。日記を検《しら》べて見ると「静《せい》これを性《せい》となせば心|其中《そのうち》にあり、動《どう》これを心となせば性其中にあり、心|生《しょう》ずれば性|滅《めっ》し、心滅すれば性生ず」というようなむずかしい漢文が曲がりくねりに半頁《は
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