とうほん》で、少し手荒に取扱うと紙がぴりぴり破れそうに見えるほどの古い――古いと云うよりもむしろ汚ない――本であった。余は寝ながらこの汚ない本を取り上げて、その中にある仙人の挿画《さしえ》を一々|丁寧《ていねい》に見た。そうしてこれら仙人の髯《ひげ》の模様だの、頭の恰好《かっこう》だのを互に比較して楽んだ。その時は画工《えかき》の筆癖から来る特色を忘れて、こう云う頭の平らな男でなければ仙人になる資格がないのだろうと思ったり、またこう云う疎《まばら》な髯を風に吹かせなければ仙人の群《むれ》に入《い》る事は覚束《おぼつか》ないのだろうと思ったりして、ひたすら彼等の容貌《ようぼう》に表われてくる共通な骨相を飽《あ》かず眺めた。本文も無論読んで見た。平生気の短かい時にはとても見出す事のできない悠長《ゆうちょう》な心をめでたく意識しながら読んで見た。――余は今の青年のうちに列仙伝を一枚でも読む勇気と時間をもっているものは一人もあるまいと思う。年を取った余も実を云うとこの時始めて列仙伝と云う書物を開けたのである。
けれども惜しい事に本文は挿画ほど雅《が》に行かなかった。中には欲の塊《かたまり》が
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