にほとんど見当らぬ風流と云う趣をのみ愛していた。その風流のうちでもここに挙《あ》げた句に現れるような一種の趣だけをとくに愛していた。
秋風や唐紅《からくれない》の咽喉仏《のどぼとけ》
という句はむしろ実況であるが、何だか殺気があって含蓄《がんちく》が足りなくて、口に浮かんだ時からすでに変な心持がした。
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風流人未死[#「風流人未死」に白丸傍点]。 病裡領清閑[#「病裡領清閑」に白丸傍点]。
日々山中事[#「日々山中事」に白丸傍点]。 朝々見碧山[#「朝々見碧山」に白丸傍点]。
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詩《し》に圏点《けんてん》のないのは障子《しょうじ》に紙が貼《は》ってないような淋《さび》しい感じがするので、自分で丸を付けた。余のごとき平仄《ひょうそく》もよく弁《わきま》えず、韻脚《いんきゃく》もうろ覚えにしか覚えていないものが何を苦しんで、支那人にだけしか利目《ききめ》のない工夫《くふう》をあえてしたかと云うと、実は自分にも分らない。けれども(平仄|韻字《いんじ》はさておいて)、詩の趣《おもむき》は王朝以後の伝習で久しく日本化されて今日《こんにち》に至っ
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