を逃れたわが心が、本来の自由に跳《は》ね返って、むっちりとした余裕を得た時、油然《ゆうぜん》と漲《みな》ぎり浮かんだ天来《てんらい》の彩紋《さいもん》である。吾ともなく興の起るのがすでに嬉《うれ》しい、その興を捉《とら》えて横に咬《か》み竪《たて》に砕《くだ》いて、これを句なり詩なりに仕立上げる順序過程がまた嬉しい。ようやく成った暁には、形のない趣《おもむき》を判然《はっきり》と眼の前に創造したような心持がしてさらに嬉しい。はたしてわが趣とわが形に真の価値があるかないかは顧みる遑《いとま》さえない。
病中は知ると知らざるとを通じて四方の同情者から懇切な見舞《みまい》を受けた。衰弱の今の身ではその一々に一々の好意に背《そむ》かないほどに詳《くわ》しい礼状を出して、自分がつい死にもせず今日《こんにち》に至った経過を報ずる訳にも行かない。「思い出す事など」を牀上《しょうじょう》に書き始めたのは、これがためである。――各々《めいめい》に向けて云い送るべきはずのところを、略して文芸欄《ぶんげいらん》の一隅にのみ載せて、余のごときもののために時と心を使われたありがたい人々にわが近況を知らせるため
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