二尺に足らないくらい狭かった。その一部は畳を離れて一尺ほどの高さまで上に反《そ》り返《かえ》るように工夫してあった。そうして全部を白い布《ぬの》で捲《ま》いた。余は抱かれて、この高く反った前方に背を託して、平たい方に足を長く横たえた時、これは葬式だなと思った。生きたものに葬式と云う言葉は穏当でないが、この白い布で包んだ寝台《ねだい》とも寝棺《ねがん》とも片のつかないものの上に横になった人は、生きながら葬《とむら》われるとしか余には受け取れなかった。余は口の中で、第二の葬式と云う言葉をしきりに繰り返した。人の一度は必ずやって貰う葬式を、余だけはどうしても二|返《へん》執行しなければすまないと思ったからである。
 舁《か》かれて室《へや》を出るときは平《たいら》であったが、階子段《はしごだん》を降りる際《きわ》には、台が傾いて、急に輿《こし》から落ちそうになった。玄関に来ると同宿の浴客《よくかく》が大勢並んで、左右から白い輿を目送《もくそう》していた。いずれも葬式の時のように静かに控えていた。余の寝台はその間を通り抜けて、雨の降る庇《ひさし》の外に担《かつ》ぎ出された。外にも見物人はたくさ
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