、病む躯《からだ》を横《よこた》えて、床《とこ》の上に独《ひと》り佇ずまざるを得なかった。余は特に余のために造って貰った高さ一尺五寸ほどの偉大な藁蒲団《わらぶとん》に佇ずんだ。静かな庭の寂寞《せきばく》を破る鯉《こい》の水を切る音に佇ずんだ。朝露《あさつゆ》に濡《ぬ》れた屋根瓦《やねがわら》の上を遠近《おちこち》と尾を揺《うご》かし歩く鶺鴒《せきれい》に佇ずんだ。枕元の花瓶《かへい》にも佇ずんだ。廊下のすぐ下をちょろちょろと流れる水の音《ね》にも佇ずんだ。かくわが身を繞《めぐ》る多くのものに※[#「彳+低のつくり」、第3水準1−84−31]徊《ていかい》しつつ、予定の通り二週間の過ぎ去るのを待った。
 その二週間は待ち遠いはがゆさもなく、またあっけない不足もなく普通の二週間のごとくに来て、尋常の二週間のごとくに去った。そうして雨の濛々《もうもう》と降る暁を最後の記念として与えた。暗い空を透《す》かして、余は雨かと聞いたら、人は雨だと答えた。
 人は余を運搬する目的をもって、一種妙なものを拵《こし》らえて、それを座敷の中《うち》に舁《か》き入《い》れた。長さは六尺もあったろう、幅はわずか
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