云うものを取って来て瓶《へい》に挿《はさ》んだ。それは色の褪《さ》めた茄子《なす》の色をしていた。そうしてその一つを鳥が啄《つつ》いて空洞《うつろ》にしていた。――瓶に挿《さ》す草と花がしだいに変るうちに気節はようやく深い秋に入《い》った。
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日似三春永[#「日似三春永」に白丸傍点]。 心随野水空[#「心随野水空」に白丸傍点]。
牀頭花一片[#「牀頭花一片」に白丸傍点]。 閑落小眠中[#「閑落小眠中」に白丸傍点]。
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        三十一

 若い時兄を二人失った。二人とも長い間|床《とこ》についていたから、死んだ時はいずれも苦しみ抜いた病《やまい》の影を肉の上に刻《きざ》んでいた。けれどもその長い間に延びた髪と髯《ひげ》は、死んだ後《あと》までも漆《うるし》のように黒くかつ濃かった。髪はそれほどでもないが、剃《そ》る事のできないで不本意らしく爺々汚《じじむさ》そうに生えた髯《ひげ》に至っては、見るから憐《あわ》れであった。余は一人の兄の太く逞《たくま》しい髯の色をいまだに記憶している。死ぬ頃の彼の顔がいかにも気の毒なくらい瘠《や》せ衰
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