人に謝すべき余はただ一人生き残っている。
  菊の雨われに閑《かん》ある病《やまい》哉《かな》
  菊の色|縁《えん》に未《いまだ》し此《この》晨《あした》
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(ジェームス教授の哲学思想が、文学の方面より見て、どう面白いかここに詳説する余地がないのは余の遺憾《いかん》とするところである。また教授の深く推賞したベルグソンの著書のうち第一巻は昨今ようやく英訳になってゾンネンシャインから出版された。その標題は Time and Free Will(時と自由意思)と名づけてある。著者の立場は無論故教授と同じく反理知派である。)
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        四

 病《やまい》の重かった時は、固《もと》よりその日その日に生きていた。そうしてその日その日に変って行った。自分にもわが心の水のように流れ去る様がよく分った。自白すれば雲と同じくかつ去《さ》りかつ来《きた》るわが脳裡《のうり》の現象は、極《きわ》めて平凡なものであった。それも自覚していた。生涯《しょうがい》に一度か二度の大患に相応するほどの深さも厚さもない経験を、恥《はじ》とも思わず無邪気に重ねつつ移
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