葉を秩序よく並べ立てる。むずかしそうな理窟《りくつ》を蜿蜒《えんえん》と幾重《いくえ》にも重ねて行く。そこに学者らしい手際《てぎわ》はあるかも知れないが、とぐろの中に巻き込まれる素人《しろうと》は茫然《ぼんやり》してしまうだけである。
 しばらく哲学者の言葉を平民に解るように翻訳して見ると、オイッケンのいわゆる自由なる精神生活とは、こんなものではなかろうか。――我々は普通衣食のために働らいている。衣食のための仕事は消極的である。換言すると、自分の好悪《こうお》撰択を許さない強制的の苦しみを含んでいる。そう云う風にほかから圧《お》しつけられた仕事では精神生活とは名づけられない。いやしくも精神的に生活しようと思うなら、義務なきところに向って自《みずか》ら進む積極のものでなければならない。束縛によらずして、己《おの》れ一個の意志で自由に営む生活でなければならない。こう解釈した時、誰も彼の精神生活を評してつまらないとは云うまい。コムトは倦怠《アンニュイ》をもって社会の進歩を促《うな》がす原因と見たくらいである。倦怠の極やむをえずして仕事を見つけ出すよりも、内に抑《おさ》えがたき或るものが蟠《わ
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