いに余の病床に近づくのを恐れた。東君《ひがしくん》はわざわざ妻《さい》の所へ行って、先生はあんなもっともな顔をしている癖に、子供のように始終《しじゅう》食物《くいもの》の話ばかりしていておかしいと告げた。
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腸《はらわた》に春|滴《したた》るや粥の味
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        二十七

 オイッケンは精神生活と云う事を真向《まむき》に主張する学者である。学者の習慣として、自己の説を唱《とな》うる前には、あらゆる他のイズムを打破する必要を感ずるものと見えて、彼は彼のいわゆる精神生活を新たならしむるため、その用意として、現代生活に影響を与うる在来からの処生上の主義に一も二もなく非難を加えた。自然主義もやられる、社会主義も叩《たた》かれる。すべての主義が彼の眼から見て存在の権利を失ったかのごとくに説き去られた時、彼は始めて精神生活の四字を拈出《ねんしゅつ》した。そうして精神生活の特色は自由である、自由であると連呼《れんこ》した。
 試みに彼に向って自由なる精神生活とはどんな生活かと問えば、端的《たんてき》にこんなものだとはけっして答えない。ただ立派な言
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